yuming visualive ALARM à la mode
【公演スケジュール】
48会場67公演
1986年
11月18日 神奈川県民ホール大ホール
11月19日 神奈川県民ホール大ホール
11月20日 神奈川県民ホール大ホール
11月25日 大阪・フェスティバルホール
11月26日 大阪・フェスティバルホール
11月27日 大阪・フェスティバルホール
12月 2日 名古屋市民会館大ホール
12月 3日 名古屋市民会館大ホール
12月 4日 名古屋市民会館大ホール
12月 5日 名古屋市民会館大ホール
12月 8日 秋田県民会館
12月 9日 青森市文化会館大ホール
12月10日 岩手県民会館大ホール
1987年
1月31日 茨城県立県民文化センター大ホール
2月 2日 和歌山県民文化会館大ホール
2月 4日 神戸国際会館大ホール
2月 5日 神戸国際会館大ホール
2月 7日 山梨県民文化ホール大ホール
2月 9日 宇都宮市文化会館
2月12日 奈良県文化会館国際ホール
2月14日 京都会館第一ホール
2月15日 京都会館第一ホール
2月17日 新潟県民会館大ホール
2月18日 新潟県民会館大ホール
2月19日 長野県県民文化会館大ホール
2月22日 静岡市民文化会館大ホール
3月 9日 宮崎市民会館
3月10日 鹿児島市民文化ホール第一
3月12日 熊本市民会館
3月14日 長崎市公会堂
3月17日 宮城県民会館大ホール
3月18日 宮城県民会館大ホール
3月21日 釧路市民文化会館
3月23日 旭川市民文化会館
3月24日 北海道厚生年金会館
3月25日 北海道厚生年金会館
3月27日 山形県民会館
3月28日 郡山市民文化センター大ホール
3月30日 磐田市民文化会館
4月 1日 八王子市民会館
4月 3日 大分文化会館
4月 4日 福岡サンパレスホール
4月 5日 福岡サンパレスホール
4月 9日 那覇市民会館大ホール
4月10日 沖縄市民会館大ホール
4月16日 広島郵便貯金ホール
4月17日 広島郵便貯金ホール
4月18日 徳山市文化会館
4月20日 倉敷市市民会館
4月21日 島根県民会館大ホール
4月23日 浦和市文化センター大ホール
4月25日 沼津市民文化センター大ホール
4月27日 横須賀市文化会館大ホール
4月28日 茅ケ崎市民文化会館大ホール
5月 6日 高知県立県民文化ホールオレンジホール
5月 7日 高松市民会館
5月 9日 愛媛県県民文化会館メインホール
5月12日 千葉県文化会館大ホール
5月13日 群馬県民会館大ホール
5月17日 富山市公会堂
5月18日 金沢市観光会館
5月19日 福井・フェニックスプラザ大ホール
- special -
5月27日 大阪城ホール
5月28日 大阪城ホール
6月 2日 日本武道館
6月 3日 日本武道館
6月 4日 日本武道館
6月 5日 日本武道館
○ 情報はツアープログラムを参考にしました。
ただし、SPECIAL公演は一部のプログラムには記載されていません。
【演奏曲】
グレイススリックの肖像 (インスト)※
セシルの週末
ジェラシーと云う名の悪夢
街角のペシミスト
20minutes
2人のストリート
一緒に暮らそう
冷たい雨
雨の街を
青いエアメイル
白い服、白い靴 ※ / 私のロンサム・タウン ※
かんらん車
Holiday in Acapulco
ホライズンを追いかけて
さよならハリケーン
青春のリグレット
DESTINY
ハートブレイク
結婚ルーレット
ノーサイド ※
(EC)
土曜日は大キライ
DOWNTOWN BOY
○ 情報はFC会報「YUMING vol.29」横浜公演、GB'87.8号武道館公演を参考にしました。
ただし※は公演によっては歌われていないようです。
【出演者】
Drums: 江口信夫
Bass: 田中章弘
Guitar: 市川祥治、中川雅也
Keyboards: 武部聡志、石川清澄
Chorus: 大滝裕子、吉川智子、斉藤久美
○ 情報はツアープログラムを参考にしました。
【チケット料金】
神奈川公演: 全指 ¥3,500
武道館公演: S席 ¥4,000、A席 ¥3,500。
【グッズ】
プログラム ¥1,500
少なくとも下記の3版を確認
1) ツアー日程が福井公演まで記載、最後のページのテキストが「They still keep escaping.......」
2) “ATTACK THE BOUTIQUE”のパート追加、最後のページの写真とテキスト変更「OVER & OVER AGAIN」に
3) ツアー日程に全公演追記
【主なクレジット】
Artists: Nobuo Eguchi, Akihiro Tanaka, Shoji Ichikawa, Masaya Nakagawa, Satoshi Takebe, Kiyozumi Ishikawa
Artists: Yuko Otaki, Tomoko Yoshikawa, Kumi Saito
Direction: Akira Kuroda
Construction & Music Direction: Masataka Matsutoya
Stage Produce: Masahito Ohashi
Choreography: Ryoji Nakamura
Music Arrangement: Satoshi Takebe
Art Direction: Kazunori Higuchi, Koji Nakamatsu
PA Coordination: Akio Kawada
Lighting Plan: Mitsumasa Hayashi
Stage Set: Koji Nakamatsu, Osamu Kurihara, Yoshitaka Shibata
Lighting Effect: Masanori Fujiwara, Toshiyuki Kurume, Kimoto Kaji, Masatoshi Nakano, Seiichi Totsuka
Costume Design: Sachiko Ito, Rika Imaizumi
Hair & Makeup: Eito Furukubo
General Management: Hiroshi Abe
Artist Management: Makoto Ohtake, Mitsue Mohri
Produced by Kirarasha, Hands
Supported by Toshiba EMI
○ 情報はツアープログラムを参考にしました。
【3Dステージ】
【メモ】
・ アルバム「アラーム・ア・ラ・モード」のコンサートツアー。
・ アルバム同様、サスペンスタッチのタイトなステージを目指したそうで、オブジェとしてのセットは「C」形状の階段のみ。そのかわり背面全てを10cm間隔で敷き詰められた70本近いストライプ状の電飾が取り囲み、これが高速で点灯するという完全に光の演出で見せるステージでした。ユーミン曰く「3日間くらいめまいが止まらないエレクトロニクスの粋を集めたステージ」。この背面ストライプはユーミンチームにとって手応えがあったようで「ダイアモンドダストツアー」や「ラヴウォーズツアー」「ドーンパープルツアー」でもクライマックスに登場します。週刊宝石86.12.5号によるとゲネプロは埼玉県・戸田市文化会館で行われ、記者会見で発表された製作費は4億円。戸田市文化会館からは「光の加減で舞台装置が全く違って見えるんです。あんなものは初めて見ました。」という仰天の声が上がっていたとか。
・ コーラスは今も3人で活躍するアマゾンズが担当。アマゾンズのYoutubeチャンネルでツアーのエピソードが紹介されています(前編・中編・後編)。当時のユーミンバンドのコーラスは歌うだけでなくユーミンと共に行うステージング(振付や立ち位置の移動)がついていましたが、この頃からかなり本格的で激しいダンスが加わるようになっていました。実は電飾フロアは1階席からも見えるようにかなりの角度がついていたそうですが、そこをヒールで激しく踊り歌う事はなかなか大変なことだったようです。彼女たちのエピソードは面白おかしく語られているにもかかわらず、ユーミンの現場が完璧主義でかなり厳しく進められていたことが窺えて大変興味深いです。吉川氏曰く「ものすごく厳しくステージングが出来ているところをきちんとひとつひとつ守っていって、そういう細かい緻密なことがお客さんを喜ばせる事になるという事をものすごぉーく学んだ」とのこと。
・ 「Prosound」(ステレオサウンド) 87年8月号ではこのツアー武道館公演のSRシステムについて特集が組まれています。ユーミンのサウンドチームは主にハウス(お客さんの為のSR)、モニタ(ユーミンやミュージシャンの為のSR)、それからこのツアーの大阪城ホール、武道館公演のために本格導入されたSIMを駆使した音場測定&補正に機能分けされているようです。ハウスについては両会場の為のスピーカーレイアウトとコンソールのチャネル構成を掲載、両会場では建築的、音響的条件が異なるため、スピーカーレイアウトの設計思想や構成が異なる点が面白い。スピーカーは複数重ねて使っても1つの音源として使用しやすいメイヤーサウンドが採用されています。コンソールはサウンドクラフトと音響総合研究所の共同開発で40ch in, 8ch STin / 8ch outをほぼフルチャネルで使用。モニタについては、ユーミンはもちろんコーラス・ギター・ベースの6人までもがステージ上を動き回るため、複雑なスイッチングが必要で、それをこなすための大規模な系統図が掲載されています。SIMについては産みの親であり、調整のため来日していたボブ・マッカーシー氏自らが、その基本思想と機能を解説、加えてエンジニアの重田・湯澤両氏によるハウス、モニタへのSIMによる影響も語られており、SIM導入初期のなかなか貴重な記事ではないかと思います。
・ このツアーからSTAGE SETとSTAGE SETTINGのクレジットに日本ステージが登場。日本ステージの50周年誌によると同社は大阪で創業した日本のコンサートの歴史と共にあるような会社で、この頃東京に進出。ユーミンとの初コンサートは85年の逗子マリーナで、DADIDAツアーではSPECIAL THANKSにクレジットされています。このツアー以降90年代半ばまでユーミンのツアーのステージの設計・制作・設営を行っていたようです。ユーミンの巨大ハイテクステージと言えばここ、という印象。途中、ユーミンチームにはマーク・ブリックマンという世界的なビッグネームが参加しますが、彼の参加後もそのアイディアを実際に設営可能なセットに落とし込んでいたのは同社だったのではないでしょうか。シミズオクトとは「東のシミズ、西の日本ステージ」という業界の両雄って感じなんだそうです。
・ 年末を挟み約2カ月近くツアーが中断していますが、これはユーミンがパリダカールラリーに参加していたため。
・ セットを運ぶトレーラーにオリジナルのペインティングが施されました。