デイリーヤマザキ
YUMING SPECTACLE
SHANGRILA
【公演スケジュール】
5会場44公演
1999年
6月12日 国立代々木競技場第一体育館
6月13日 国立代々木競技場第一体育館
6月15日 国立代々木競技場第一体育館
6月16日 国立代々木競技場第一体育館
6月18日 国立代々木競技場第一体育館
6月19日 国立代々木競技場第一体育館
6月20日 国立代々木競技場第一体育館
6月22日 国立代々木競技場第一体育館(追加公演)
6月23日 国立代々木競技場第一体育館(追加公演)
6月25日 国立代々木競技場第一体育館(追加公演)
6月26日 国立代々木競技場第一体育館(追加公演)
6月27日 国立代々木競技場第一体育館(追加公演)
7月 2日 名古屋市総合体育館レインボーホール
7月 3日 名古屋市総合体育館レインボーホール
7月 4日 名古屋市総合体育館レインボーホール
7月 6日 名古屋市総合体育館レインボーホール
7月 7日 名古屋市総合体育館レインボーホール
7月 8日 名古屋市総合体育館レインボーホール(追加公演)
7月10日 名古屋市総合体育館レインボーホール(追加公演)
7月11日 名古屋市総合体育館レインボーホール(追加公演)
7月12日 名古屋市総合体育館レインボーホール(追加公演)
7月17日 大阪城ホール
7月18日 大阪城ホール
7月19日 大阪城ホール
7月20日 大阪城ホール
7月22日 大阪城ホール
7月23日 大阪城ホール
7月24日 大阪城ホール
7月25日 大阪城ホール
7月27日 大阪城ホール
7月28日 大阪城ホール
7月29日 大阪城ホール
7月30日 大阪城ホール(追加公演)
7月31日 大阪城ホール(追加公演)
8月 6日 横浜アリーナ(追加公演)
8月 7日 横浜アリーナ(追加公演)
8月 8日 横浜アリーナ
8月 9日 横浜アリーナ
8月11日 横浜アリーナ
8月17日 マリンメッセ福岡(追加公演)
8月18日 マリンメッセ福岡(追加公演)
8月20日 マリンメッセ福岡
8月21日 マリンメッセ福岡
8月22日 マリンメッセ福岡
【演奏曲】
もう愛は始まらない
真夏の夜の夢
人魚になりたい
無限の中の一度
新曲 (Raga #3)※ 公演中はタイトル未定でした
スラバヤ通りの妹へ
BABYLON
破れた恋の繕し方教えます
Lost Highway (新曲)
不思議な体験
ESPER
ANNIVERSARY
真珠のピアス
DESTINY
水の影
(EC)
VOYAGER
オールマイティー
【出演者】
Drums: 村石雅行
Bass: 田中章弘
Guitar: 市川祥治、中川雅也
Keyboards: 武部聡志
Chorus: 松岡奈穂美、今井正喜、佐藤友香
Percussion: 小野かほり
モスクワサーカスオンアイス
シャングリラのために編成されたシンクロナイズドスイマーチーム
【グッズ】
ツアーパンフ(5冊セット)....¥3,000
オレンジのケースがビニルパッケージされ銀のタイトルステッカーが貼ってありました
少なくとも3版を確認:
1) Mysterious Caveのユーミンイラストの服の模様が赤、Aerial Actの掲載メンバーが5名、補強段ボールの印刷がオレンジ
2) 写真差換え/追加、 Mysterious Caveのユーミンイラストの服の模様が青、補強段ボールの印刷が青
3) Aerial Actメンバーに Oleg Faleev追加で6名掲載に、補強段ボールの印刷が赤 (※ 情報修正しました)
テレカ ......¥1,000
うちわ ......¥300
オペラグラス ......¥500
ミニコンパス ......¥600
ストラップ ......各¥1,000
(ネイビー / グリーン / レッド / ブルー)
トランプ(缶入り) ......¥3,000
Tシャツ .........¥4,000
(ブラック・カラー)
Tシャツ ......各¥3,800
(ブラック・トランプ/ モスグリーン)
Tシャツ .........¥3,500
(ホワイト)
ちびT......各¥3,500
(ブラック / ホワイト・ロゴ / イエロー)
ちびT ........¥4000
(ホワイト・カラー)
ナイロンハット ......¥3,500
ビーチタオル ......¥6,000
ウィンドブレーカー ......¥12,000
(Yuming Jewelry)
懐中時計 ......¥5,800
グッズを買うとオリジナルビニルバッグをもらえました。
【チケット料金】
S席¥11,500、A席¥9,500、B席¥7,500。
【主なクレジット】
Artist:
Clown: Oleg Danilov, Andrey Listratov, Pavel Egorov, Vadim Raevsky
Solo: Alexandre Bekich, Elena Shpagina, Alexandra Denisova, Oxana Denisova
Synchronized Swimming: Natalia Gruzdeva, Anna Maslova, Gioulnara Paskevitch, Karyna Volkova,
Synchronized Swimming: Anna Yuryaeva, Anastassia Sizova, Olga Ossipova, Elena Usik
Aerial Act: Gennady Djoussoev *, Vladimir Naoumenko, Valery Oliyar, Yury Zaltszeler, Denis Partsvania, Oleg Faleev **
Circus Artist: Maxim Frossin, Vladimir Vzdornov, Evelina Orlova, Sergey Malyanov, Anatoly Kustov, Yuri Abrossimov,
Circus Artist: Irina Fedorova, Circus Artist: Elena Sidorenko, Dmitry GriGoriev, Evgenia Ignatova, Irina Oshkalo, Mikhail Goryachev,
Circus Artist: Svetlana Djakeli, Yury Tsetsartsev, Andrey Korotchenia, Vladimir Denisov, Vladislava Kovalenko, Aleksandr Belov
Circus Artist: Andrey Vakhtin, Petr Naoumenko, Polina Lychkataya, Svetlana Gurieva, Andriy Chapaykin
Band: Satoshi Takebe, Shoji Ichikawa, Masaya Nakagawa, Akihiro Tanaka, Masayuki Muraishi, Kaori Ono
Band: Naomi Matsuoka, Yuka Satoh, Masaki Imai
* 6/15-20は怪我により休演 ** 恐らく代々木でバックアップで出演、大阪公演よりレギュラー出演、怪我の為6/11および福岡公演は不参加
Stage Set Designer: Mark Fisher
Prop Designer: Yoshihiko Tanaka
Stage Production Manager: Masaaki Nohmi
Chief Circus Technical Director: Alexandre Charov
Lighting Designer: Mitsumasa Hayashi
Technical Director: Masatoshi Nakano
Sound Designer: Norihiko Tango
L.E.D. Vision Visual Director: Suguru Ohmura, Yusuke Fujikawa
L.E.D. Vision Visual Producer: Chizuru Suematsu
Special Effect: Takeshi Hagino, Yoshie Toya
Costume Designer: Frank Krenz
Costume Director: Mitsue Mori
Hair Make Up Designer: Shin-nosuke Yamada, Jin Sakaya
Circus Act Choreographer: Elena Bogdanovitch
Aerial Acrobatics Designer: Victor Lobzov
Synchronized Swimming Choreographer: Irina Potemkina
Staging Designer Hideki Morigami
Music Director: Satoshi Takebe
Stage Producer: Masahito Ohashi
Artist Manager: Asuka Hamaguchi
Executive Producer: Haruyoshi Totsukawa
Producer: Satoshi Okubo, Makoto Ohtake
Assistant Producer: Takao Ikuta, Yasuo Hiruko, Ryo Kaizu
Circus Producer: Sergey Ryshkoff
Directed by Masataka Matsutoya
Presented by Daily Yamazaki
Sponsored by Kirin Brewery Co.,Ltd.
Supported by FNS, Toshiba EMI, Kirara Music Publisher /, Sankei Simbun, Sankei Living Simbun (Osaka) /,
Supported by Fukuoka City, Nishinippon Living Simbun Co.,Ltd., Cross FM, FM Fukuoka (Fukuoka)
Co-produced by Hands
Produced by Kansai Telecasting Corporation, Kirarasha
【3Dステージ】
【メモ】
・ ロシアからサーカス団と特別編成のシンクロナイズドスイミングのチームを迎えてのコラボレーションショー。構想4年、総製作費30億円だそうです。ユーミンが歌うそばでサーカスアクトやシンクロナイズドスイミングが繰り広がれるこのショウはプロデューサーの松任谷正隆氏の長年の夢だったそうです。ステージの至る所でシンクロや空中ブランコなどのアクトが繰り広げられ、各シーンの繋ぎには4人のクラウンが客席も巻き込んだコミカルなショウを展開、公演時間は当時最長の2時間40分。
・ 出演者だけでも40名以上のロシア人アクターがいました。ショウのクライマックスではユーミンが全員の難しい名前をカンペなしに読み上げ紹介。これは後のシャングリラでも行われ、期せずしてこのシリーズの見せ場の一つに?なっていました。パフレットでユーミンは「私は一日も早くみんなの名前を覚えたかった。どんな言葉よりも、それぞれにとって多くを物語る大切な響きを、毎回ステージの最後に、心を込めて呼びたい。」と語っています。
・ セットは会場の半分のスペースを使って床面にスケートリンクを持つ洞窟をイメージしたステージが組まれ、アリーナに張り出す形で巨大なプールが設えられました。スケートリンクは実は人工アイスでアクターたちは慣れないインラインスケートでアクトをしていたそうです。(ちなみにIIはリアルアイスで行われました)。シミズオクトの周年誌「ハロー!バックステージ」(周年ごとにI、II、IIIと発刊されていますが、同じ記事が掲載されています)にはStage Production Managerの能美氏による様々な機構やシーンの解説、苦労話や日米英露四か国のスタッフが喧々諤々してきた様子が寄稿されていて面白いです。
・ ユーミンの通常のツアーとは違い、関西テレビとの共同制作イベントでした。07年発行のフリーペーパー「REAL YUMING EYES v.20」掲載の松任谷正隆の裏話によると、94年に開催された関西テレビの誘致イベント「シレラ」で億の単位をかけて作られた仮設プールの使い道を関西テレビサイドが探していたことがこのショウが作られるきっかけになったそうです。また特別協賛のデイリーヤマザキは99年1月、ヤマザキデイリーストアとサンエブリーを統合して新たに生まれたばかりのブランドで、新ブランド1年目のビッグイベントがこのシャングリラでした。パンフレットも冒頭より関西テレビとデイリーヤマザキをはじめ各フジテレビ系局の代表取締役のあいさつで始まっています。
・ ツアーの運営や販売形態もこれまでのツアーと全く違っていました。当時のユーミンプロジェクトは例年年末にアルバムを発売し、これに伴いツアーが始まっていましたが、このシャングリラはニューアルバムとは関係なく6月にスタートし夏にかけて開催場所を5都市に限定し滞在型の公演で行われました。最初の告知はスタート半年前の98年12月、各スポーツ紙が「ユーミン30億円コンサート!」と見出しを出してイメージイラストとともに大きく掲載しました。更にユーミンのコンサートでは初めて全国一斉の先行予約やデイリーヤマザキの招待キャンペーンなどが行われ、これらに伴うTVCMもかなりの数うたれています。ちなみにこれまでほとんどテレビカメラが入らなかったユーミンコンサートですが、関西テレビ深夜枠のイベント番組でも毎週特集が組まれていました。
・ 横浜公演を中心に収録したビデオが発売されています。また、制作過程のドキュメント番組が作られ関西テレビで放送されました。CSのフジ721では3時間近い特集が組まれ、その一部はシャングリラIIIのDVDに特典として収録されています。
・ これまで15年以上、年末にニューアルバムを発売し、それに伴いツアーを行ってきたユーミンでしたが、98年末はニューアルバムが発売されず(代わりにこれまでどちらかというと否定的だったベストアルバムを約20年ぶりに発売)、コンサートツアーも開催されませんでした。また88年より続いたライフワークのようなオールナイトニッポンのパーソナリティも降板し、まるでこれまでのルーチンを終了させ新たな活動へシフトしようとしているかのような時期でした。この「シャングリラ」はその幕開けを告げるイベントだったと言えるかもしれません。