昨晩お会いしましょう

 

 

【公演スケジュール】

 

47会場54公演

1981年

    12月17日  浜松市民会館

    12月19日  桐生産業文化会館

    12月23日  名古屋市民会館大ホール

    12月26日  大阪厚生年金会館大ホール

    12月27日  大阪厚生年金会館大ホール

    12月28日  大阪厚生年金会館大ホール

1982年

     1月 9日  神奈川県民ホール 大ホール

     1月10日  神奈川県民ホール 大ホール

     1月14日  群馬市民会館

     1月16日  青森市民会館

     1月17日  秋田県民会館

     1月19日  小田原市民会館大ホール

     1月26日  和歌山市民会館大ホール

     1月27日  神戸文化ホール大ホール

     1月29日  茨城県立県民文化センター大ホール

     1月31日  立川市市民会館大ホール

     2月 1日  大宮市民会館大ホール

     2月 3日  山梨県民会館大ホール

     2月17日  松山市民会館大ホール

     2月18日  高松市民会館大ホール

     2月19日  高知県立県民文化ホール オレンジホール

     2月21日  京都会館第一ホール

     2月24日  名古屋市民会館大ホール

     2月25日  名古屋市民会館大ホール

     2月26日  静岡市民文化会館大ホール

     3月 2日  宮城県民会館大ホール

     3月 3日  岩手県民会館大ホール

     3月 5日  郡山市民会館

     3月 6日  山形県民会館

     3月 8日  北海道厚生年金会館

     3月13日  福岡サンパレスホール

     3月15日  大分文化会館

     3月16日  熊本市民会館大ホール

     3月18日  姫路文化センター大ホール

     3月19日  奈良県文化会館国際ホール

     3月22日  大阪・フェスティバルホール

     3月23日  富山市公会堂

     3月24日  福井市文化会館

     3月26日  新潟県民会館大ホール

     3月28日  長野市民会館

     3月29日  石川厚生年金会館

     3月31日  茅ケ崎市民文化会館大ホール

     4月 2日  倉敷市民会館

     4月 3日  島根県民会館大ホール

     4月 5日  広島郵便貯金ホール

     4月 8日  千葉県文化会館大ホール

     4月 9日  宇都宮市文化会館大ホール

     4月14日  鹿児島県文化センター

     4月15日  宮崎市民会館

     4月17日  長崎市公会堂

     4月23日  NHKホール (追加公演) ※

     4月24日  NHKホール

     4月25日  NHKホール (2回公演)※

 

                       ○ 情報はツアープログラムを参考にしました

                                ただし※はFC会報「YUMING vol.12」82.4を参考にしています

                 

 

【演奏曲】 

 

カンナ8号線

14番目の月

雪だより / 灼けたアイドル

恋人と来ないで (with 石井治郎)

彼から手をひいて

恋人がサンタクロース

A HAPPY NEW YEAR (弾き語り) / よそゆき顔で (弾き語り)

Pilgrim's Progress  (弾き語り、プロコルハルムの曲)

ひこうき雲   (弾き語り)

守ってあげたい

夕闇をひとり

街角のペシミスト

手のひらの東京タワー

中央フリーウェイ

〜海を見ていた午後

〜グッドラックアンドグッドバイ

〜たぶんあなたはむかえに来ない

〜あの日にかえりたい

〜ベルベット・イースター

〜卒業写真

〜雨のステイション

〜12月の雨

〜きっと言える

〜12月の雨

〜恋のスーパー・パラシューター

Esper

(EC)

カンナ8号線

DESTINY

(EC)

埠頭を渡る風 / 14番目の月

 

                       ○ 情報はFC会報「YUMING vol.13」などを参考にしています
                       
 ※ 東京公演では「夕闇をひとり」の代わりに新曲「DANG DANG」「真珠のピアス」が歌われています

 

 

 

【出演者】

 

Drums: 重田真人
Bass
: 石井治郎
Guitar
: 市川祥治
Keyboards
: 新川博
Chorus
: 鈴木祥子、豊広純子

 

                       ○ 情報はツアープログラムを参考にしています

 

【グッズ】 

 

プログラム……¥1,000

Tシャツ……¥2,000

トレーナー……各¥3,800

(サックス/ホワイト)

スポーツタオル……各¥1,000

(イエロー×サックス / グリーン×オレンジ)

スタッフバッグ……¥1,000

バンダナ……¥800

キーホルダー……¥500

バッジ(2種)……各¥200

ステッカー……¥200

 

                       ○ 情報はGB'82.12号に載ったものを参考にしています
                                         
 ※ ツアータイトルが書かれていないためツアー毎に作ってなかったかもしれません。
                                         
    ちなみにロゴは「Yuming」の「Y」の左上がくるっと巻かれたフォントの物

 

 

【主なクレジット】

 

Cast: Masato Shigeta, Jiro Ishii, Shoji Ichikawa, Hiroshi Shinkawa, Yoshiko Suzuki, Sumiko Toyohiro

 

Composition: Masataka Matsutoya

Direction: Akira Kuroda

Stage Arrangement: Hiroshi Shinkawa

Stage Management: Masahito Ohashi, Terunobu Otsuka

Art Direction: Kazunori Higuchi

Lighting Planning: Noboru Yamashita

PA: Yasuo Kawada

Staging: Kumi Nakagawa

Costume design: Sachiko Ito

 

Produced by Kirarasha, Hands

 

                       ○ 情報はツアープログラムを参考にしています

 

 

【チケット料金】

 

東京公演:  S席¥3,000、A席¥2,500、B席¥2,000

 

 

【メモ】

 

・   アルバム「昨晩お会いしましょう」発売と同時期にスタートしたコンサートツアー。

・   このツアーより正隆氏がコンサートの全体構成を行うように。演出のパートナーとして広告畑からCMのプランニングなどを行っていた黒田明氏を起用。76年の伊勢丹のCMを担当したのが彼だったそうです。舞台演出について全く経験のなかった黒田氏は自身の得意とするCM照明をステージに持ち込むことを提案、マス目に切られた床が演奏に合わせて明滅する“電飾フロアー”が初登場。どちらかというとこれまでのユーミンのステージは演劇的な演出と大道具で魅せることが主体だったのですが、このツアーより電飾とそのパターンで魅せてゆくステージに変わっていきます。また、92年1月号の「月刊広告批評」(マドラ)での彼とユーミンの対談によると、彼との仕事はユーミンの作詞面に大きな影響を与えたとのこと。絵コンテを使ってコンサートの演出を説明する様子を見ているうちに、カメラで映像を切り替えていくような作詞方法が身に付いていったそうです。*

・   電飾フロアはアクリルで作られた乳白色の床面の中に調光が可能な蛍光灯がしこまれていたようです。見た目にも技術の面でも非常に画期的なものだったようで、彼女のステージの定番になったほか、テレビの歌謡番組の演出へも影響を与えたそうです。ユーミン曰く「絢爛豪華ビリビリの感電ショウ」。実際にステージ上はものすごい静電気で、エンジニアリングとしては電飾制御はもちろん、PA側に流れ込むノイズ対策が大変だったとか。電飾フロアにまつわる余談ですが、当時はユーミンに限らず公演中に観客がプレゼントを渡すということが普通にできたようで、地方では畑で採れた野菜をステージに持ってくるなんてこともあったようです。ユーミンは当時のAM番組で私の美意識で創り上げたステージにあまりにもかけ離れた現実的な物を突然の置かれることが一番腹が立つと怒っていました(笑)時代に先行してトータルで創り込んだステージを行ってたということを示すエピソードの一つではないでしょうか。

・   電飾フロア自体も面白いものですが、もう少し抽象的な視点からは「制御」「同期」という発想がコンサートシステムに持ち込まれた点が更に興味深いです。このツアー当時、どのように音楽との同期をとっていたかはわかりませんが、80年代後半あたりにはマスターとなるタイムコードを走らせ、演奏や電飾だけでなく、音源機器や照明、映像、リフター制御などあらゆる装置にこれを分配し、各システムがこのタイムコードを頼りに自動で同期する「マディ・ロッキー・シンクロニステム」に発展してゆきます。また、これもいつから可能になったかは不明ですが、プログラム用のUIとしては鍵盤も使えたようで、正隆氏も正に音楽の打ち込みをするように電飾や照明を打ち込んでいたとか。一時期は「Maddie Rocky Synchronystem Arranger」というクレジットもありました。いつからマディロッキーになったのかは諸説あって松任谷正隆のインタビューでもインタビューごとに違ったりしています。また「シンクロ"シ"ステム」か「シンクロ"ニ"ステム」かは最初にクレジットに登場する88年のツアーの 「Synchronystem」を参考に「"ニ"ステム」を採用しています。これは「synchronize」+「system」の造語だそうです。ちなみに「マディロッキー」は「瞬ぎ(まじろぎ)」からの造語という説も(笑)

・   振付に中川久美氏を起用。彼女はニューヨーク生まれ、若くしてブロードウェイの舞台に立っていたダンサーでした。帰国後は70年代に一世を風靡したNHKステージ101の振付や、70年代〜90年代の宝塚歌劇の振付などで有名な業界のレジェンドです。

・   81年はシングル「守ってあげたい」が松任谷由実になってから初めての大ヒット。新規のファンを迎えるためもあってか前回よりも15公演も多い54公演を4ヶ月半でこなすというかなりハードなスケジュールでした。これ以降、年に1回、約半年かけて60公演近いコンサートツアーを行っていくようになります。

・   ゲネプロは12月11日に神奈川県綾瀬市の綾瀬市民文化センターで1時間ほどにしぼって行われました。

・   現在は廃盤ですが、東京公演は収録されビデオが発売されました。