1980年代のTV出演

  

 

 

 

軽井沢音楽祭

松任谷由実・イン・軽井沢 

1981.9.5 

信越放送、TBS

 

イレギュラーにユーミンが出演した軽井沢音楽祭の中継。当時としてもかなりシンプルなコンサートでしたが、ユーミンサイドが選んで番組にしたというよりは、TBSが毎年軽井沢音楽祭を放送していたので、81年のユーミン回も放送したという感じじゃないでしょうか。当時の野外イベントの雰囲気が残っているのは有難いですね。雨の中のコンサートで、お客さんも大変そうですが、ヒールを履くユーミンも大変そうです。コーラスのお二人は滑るからということで裸足で歌われています。途中、第1部の新日本フィル公演と軽井沢で遊ぶユーミンの映像がインサートされています。

 

【放送曲】

 

まぶしい草野球

ベルベット・イースター

卒業写真

守ってあげたい

 

オベロン序曲

晩夏

 

真冬のサーファー

埠頭を渡る風

 

海を見ていた午後

ピチカートポルカ

 

ユーミンコンサートパートの詳細はこちらに掲載

 

 

【クレジット】

 

制作・演出: 窪田晃

制作・著作: 信越放送 

 

 

 

 

 

 

 

第一回日本作曲大賞

1981.9.30

TBS

 

この年スタートした作曲家を表彰する音楽賞。「守ってあげたい」が対象を受賞し、授賞式にユーミンが登壇、弾き語りで「守ってあげたい」をうたいました。この当時を知らない管理人としては「音楽賞」というフォーマットが理解しにくいのですが、70年代〜80年代は音楽賞ブームだったようで、色んな音楽祭・音楽賞が作られたようです。今のK-POPなんかを見てると色んな企業が音楽賞を作ってファンに購買を競わせたり、授賞式をイベント化して入場料で収益を得るというのはわからんでもないですね。

 

 

 

 

 

 

ザ・ベストテン

1981.10.8 21:00-21:55

TBS

 

TBS伝説の音楽番組に「守ってあげたい」で出演。ベストテンと言うのはまぁ一般用語ですが、もう未だにこの番組の事を指すような、そんな国民的番組でした。空港で使われていたような回転フラップのランキングボードやミラーの回転扉は未だにパロディーで使われています。ユーミンにとってはこういうザ・芸能界的な歌番組への出演は大変珍しいケース。この週「守ってあげたい」は4位ですが、何週か「お休み」(ベストテンにランクインしてるが出演できないケース)が続いて、満を持しての登場という感じだったようです。なんでも日本作曲大賞で歌った「守ってあげたい」の出来がイマイチでそのリベンジの意味もあって出演したそうですが、果たしてリベンジなったのか・・・^^;衣装は「水の中のアジアへ」で来ていたちょっと牛柄っぽいトップスにホットパンツ。マジカルパンプキンで来ていたような天使の衣装で子供たちと戯れる映像がインサートされていました。

 

 

 

 

 

第二回日本作曲大賞

1982.10.6 19:00-

TBS

 

この年は呉田軽穂として松田聖子に提供した「小麦色のマーメイド」が優秀作曲者賞と金賞を受賞。授賞式は生中継されていましたが、ユーミンは奈良でコンサートだったため、会場の日本青年館にはおらず、奈良の会場からのコンサートの様子や楽屋の様子が生中継されました。また、松田聖子と信濃町ソニースタジオでの対談が放送されていました。司会は関口宏、楠田枝里子。

 

 

 

 

 

おしゃれ

1983.5.11 13:15-13:30

NTV

 

資生堂が提供していた15分間のトーク番組。ユーミンは「リインカーネーション」の頃の宣材で着ていた赤いニットとチリチリっとしたヘアで出演。 リ・インカーネーションのジャケット撮影の話や、この頃ハマっていた古着の話をされており、メキシコ製の緑のジャケットやトレンチコートを紹介。ホストは久米宏アナ、菅家ゆかりアナ。久米さんがつい「荒井さん」言っちゃうのが感慨深いです()

 

 

 

 

 

笑っていいとも!

1983.6.30 12:00-

CX

 

お昼に月〜金で生放送していたフジテレビを代表するバラエティ。司会のタモリとトークするテレフォンショッキングに井上陽水からの紹介でユーミンが初出演。紫の服で登場し、当時イグアナのモノマネなどを十八番にしていたタモリに対抗して?余興で披露しているというニワトリのまねやカマキリのまねを披露() 次の日のゲストとして、当時公私ともに仲の良かった女優の藤真利子を紹介。

 

 

 

 

 

吉田正2000曲記念 限りなき明日への歌声

1985.7.7 14:30-15:55

TBS

 

作曲家・吉田正氏が昭和18年「異国の丘」を作曲して以来、作曲家生活40周年と2,000曲作曲に到達。これを記念しての特別番組。TBSHスタジオで収録。ニューミュージック登場の下りでユーミンがスタジオに登場。吉田氏はユーミンが作曲大賞を受賞したときの審査員で、それを除いては初めての対談だったそう。吉田氏「迷惑かもしれないけど、僕は一方的にユーミンのファンなんだ」。ユーミン「子供の頃になんとなく耳にしたものが、今になって吉田先生の曲だったんだって(中略)それが流行歌の素晴らしい所だなって」。出演はフランク永井、五木ひろし、吉永小百合、吉田正、松任谷由実、松尾和子、橋幸夫、鶴田浩二

 

 

 

 

 

おしゃれ

1985.7.29 13:15-13:30

NTV

 

資生堂が提供していた15分間のトーク番組。3回目の出演でユーミンは写真集撮影で訪れたモロッコで買ったというエスニック風衣装で登場(85年の宣材写真で着ている衣装です)。司会は久米宏アナと菅家ゆかりアナ。シングル「メトロポリスの片隅で」のプロモーション&提供している資生堂のCMソングということで?30秒ほど無言で曲を聴くシーンがあります。久米さん「自分の曲を聴くというのはどういう気分ですか?」 ユーミン「厳かな気持ちです()」。ユーミンは30歳を超え、久米さんから「でも本当は30になっちゃったなんてぜんぜん思ってないでしょ?」って聞かれたのにこたえて、ユーミン「ないですよ、5年くらい前からエイジレスで」 久米「年輪のない木みたいな」 ユーミン「もう竹のようですよ」 久米「年輪は無いけど節目があるよう」 ユーミン「節目があってただ上に伸びていくという」 久米「いいですね、年輪は無いけど節目はあるという 節目はありましたか?」 ・・・このやりとりすごいですね!二人で喩えをかけあいながら同じイメージを創ってゆくというか。また「年輪は無いけど節目がある」って名言は久米さんが自分でポロっと挟んで、自分で「いいですね」って言ってるのですが、サラーっと流してみるとあたかも「ユーミンが言った」かのような感じがするんですよね。ユーミンもそういう顔してるんです()。こういったゲストに「あなたからインスパイアされた名言ですよ」って感じにギフトを送れるところが、久米さんが司会者として愛された理由のひとつなんだろうなと思いました。

 

  

 

 

 

日立テレビシティ

シンデレラ・エクスプレス

48時間の恋人たちー

1985.11.16 22:00-22:55

TBS

 

日立テレビシティ内で放送された東京駅から出発する新幹線ひかり313号とホームで別れを告げる恋人たちを特集したドキュメンタリー。当時、学生時代に東京で知りあい、卒業や就職で離ればなれになったカップルたちが、日曜の夜東京駅で別れるシーンが話題になっていたそう。「シンデレラ・エクスプレス」と言えば、JR東海のCMが今もなお有名ですが、この曲は元々この特集のために描かれています。ユーミンもロケハンしたそうです。オープニングには「シンデレラ・エクスプレス」がフル尺で使用されています。ユーミンのこの番組への出演はオープニングのナレーションみで、ちょっとこのTVコーナーとしては番外なのですが、名曲が生まれたきっかけになった番組なので加えたかった感じでしょうか。オープニングがバブル前夜って感じでオシャレなんですよね。ユーミンの「神様、二人に距離に負けない力を下さい」なんてナレーションもとってもハマってるんですよね。こう言うことを臆面もなく言えた時代、それがデコレーションに成りえた時代ってステキだなぁと思います。間奏で「もしもし、わたせです。いま描き始めました」ってイラストレーターのわたせせいぞうさんの電話音声やアトリエ(と言っても都内マンション風の)がインサートされるのも素敵!一方、番組内は週末の2日間を東京で過ごすカップルにベタっと密着した「新日本紀行」って感じのなんだか地味で切実な感じ。まドキュメンタリーってそういうもんですよね。

 

【クレジット】

 

SPECIAL THANKS TO

松任谷由実 / わたせせいぞう

ディレクター: 結城巨雄、関口菊日出、関谷宗介

総合ディレクター: 黒田明

 

プロデューサー: 高柳等、伊原文雄 

 

  

 

 

 

合言葉は音楽気分!

1986.1.4, 1.11, 1.18, 1.25  各回23:00-23:30

TBS

 

色んなアーティストが持ち回りで登場した30分の音楽番組。ユーミンは861月の4週間を担当。

 

 

1.4 「ユーミンのパリだから!」

お正月のパリでパリダカールラリーのスタートを取材。パリダカのスタートで賑わう人々の熱気や、昨年知り合い親友となるパリダカ出場者のヤーミーへのインタビューを放送。またエッフェル塔の前の広場では「A HAPPY NEWYEAR」を弾き語り(これはレコード音源に映像を被せたもので、映像も弾き語り中に夜になってるので、完全な創作映像ですけどね)。ヤーミーとの対談の中で語るモータージャーナリズムへの賛美がユーミンらしい!「結局マシンは冷たいものじゃない、だからこそ人間がどういう風に乗るとか風景がどうだとかってのを表現するには普通の文学よりももっとボキャブラリーが必要だと思うの。本当にリリカルな文章を書いてるわけよ。私も詞を書いてるわけだけど、そういう文章を読んだりすると、感動したりするわけ。だから今回はそういうのをあえて事前に読んじゃいたくなかったわけ。」また、スタートに集う人々の熱気にユーミン自身も魅せられているのが良く伝わります。「水蒸気が凍っちゃいそうな寒さの中、応援している人がいる。そのエネルギーにね、うらやましいと思った。今度はこの中の一人としてここに加わりたい。」

 

【クレジット】

 

プロデューサー: 塩川和則、石川眞美

企画: 上村喜一

構成: 長束利博、吉田秀穂、松岡孝

演出: 加藤義人、塩川和則

 

 

1.11「料理天国と地獄」

当時一世風靡していた山田邦子との共演。お料理コントみたいなのがダラダラ続くのですが、今見るとユーミンのボケとスカしのバランスがビミョーでなかなかサムいんですよね。ユーミンはツッコミ系の人だとは思うんですけど、お笑いの渦中にいてもしかたないのかもしれません。まぁお笑いじゃないし。でも手際よい包丁捌きはさすが料理好きという感じで、なかなか貴重な映像です。また最後に宝塚歌劇のパロディ(といっても真剣なヤツ)をやるのですが、ユーミンの男役声もたぶんこの番組でした見れないと思います。クニちゃんも普通に歌がうまいですね。

 

【クレジット】

 

プロデューサー: 塩川和則、石川眞美

企画: 上村喜一

構成: 長束利博、吉田秀穂、松岡孝

演出: 塩川和則

 

 

1.18「素敵にラグビー」

ロンドンにラグビー選手を訪ねそのスピリットを取材。構成的にはあまり面白くは無いのですが、さすがユーミンという締め方で、あ、こういう番組を見せたかったというのがよくわかる感じです。「子供の時からいちばん来たい国はイギリスだったし何回足を運んでも好きだなと思ってました。 その憧れの大半を占める大英帝国の香りみたいなものをここ数年すごくラグビーの後ろに見出そう見出そうとしていたんですけれど、その気持ちが今回の取材でいい意味で裏切られ ました。(中略)ジェントルマンシップていう言葉は決して階級とかね、形とかそういうものじゃなくて持ってる人の心の中にはきちんと生きているんだなと痛感したんです。(中略)次にイギリスに来るときはリラックスして本当のイギリスが見れるんじゃないかなって(後略)」

 

【クレジット】

 

プロデューサー: 塩川和則、石川眞美

企画: 上村喜一

構成: 長束利博、吉田秀穂、松岡孝

演出: 加藤義人、塩川和則

 

 

1.25「もう愛は始まらない」

最新アルバム「ダディダ」と揮発曲を繋いだ長編ミュージックビデオのような構成。明確な内容よりもアートっぽいというか昔よく夜中にやってたレコードの音源にあまり関係ない映像が流れるというもの。いちおストーリーはあって、旧ユーミン邸から名古屋市民会館(現・日本特殊陶業市民会館、27年に閉館になるそう)まで、ダディだのコンサートにいくユーミンを密着という感じで、ちょっとトリッキーな結末が用意されてます。開演直前に楽屋の電話で誰かに呼び出されたユーミン、こっそり会場を抜け出し謎のハイヤーでどこかへ向かいます。ステージでは影のユーミンが歌っていますが、バンドもお客さんも誰一人それに気づいている人はいない様子。その頃ユーミンは銃撃を受けハチの巣に。横たわる自身の亡骸の横をユーミンが一瞥し、立ち去ってゆきます。「松任谷由実は永遠にユーミンです」。・・・みたいな。これはあくまで管理人の見立てですが、まぁはっきりとは解釈できないように作られています。映像全体がバブル前夜な感じで私はこの時代の記憶はほんの少ししかないのですが、薄らぼんやりとした懐かしさを感じます。初回放送時のオープニングと最終回の横たわるユーミンの映像に同じ「A HAPPY NEW YEAR」が使われているのもいいですね。

 

【クレジット】

 

プロデューサー: 塩川和則、石川眞美

企画: 上村喜一

構成: 黒田明、

構成: 長束利博、吉田秀穂、松岡孝

演出: 黒田明