Tears and Reasons 

 

このアルバムは当時最新の空間オーディオ「ヴァーチャル・オーディオ・プロセッシング・システム」を使って制作されました。

ただ、この作品のオーディオ的プロフィールは今となっては真っ先に「音が小さい」ということになってしまっている気がしますね・・・。

でも、やはりずっとやってきた空間オーディオをはじめて物理的根拠に基づいた処理でやったということが面白い点だと思います。

恐らくですがこれまではエンジニアのセンスで作ってきた空間を物理的にこうなるはずという計算処理により作った感じ。

まぁ、もともと“リアル”が存在しないマルチミックスの音楽ですから、それが良かったのか悪かったのかはわかりませんが、
私は好きな響きですね。

その響きの中、ペーストのようなのっぺりしたヴォーカルがこのアルバムに漂う閉塞感を醸しだしていてまた良いと思います。

オリジナルCDの音量は本当に小さくて、後の配信と同じ音量にしようとするとだいたい7dBくらい音量を上げなければなりません。

これはものすごい音量差で、スピーカーから倍の距離離れて聴いているくらいの差があります。

折れ線グラフ が含まれている画像

自動的に生成された説明   グラフ

自動的に生成された説明

「瞳はどしゃ降り」をWAVにして波形を出してみるともう全然違いますね^^; 左がCD、右が19配信です。

ただ意外ですが、CDのほうも最大音量は、-0.85dBでけっこう限界近くまで入っています。これに対し、平均音量が-23dBとかなり小さい。

実に20dB以上の差があるのですが、これは見方を変えれば、ピークを生成りに入れたい放題というかなり贅沢な収録の仕方とも言えるかも。

それもあってか、音量を上げて聴くとそんなに悪くはないと思います。
当時もコンプかけてピークを潰してからレベルを上げて全体的な音量を大きくすることは出来たんでしょうけど、

下記の【余談】で紹介していますが、空間オーディオは位相情報の正確さが重要で、これが崩れてしまう恐れがあってやらなかったのかも。

 

 

 

無限の中の一度

 

92年CD

18年45th

18年配信

19年配信

92年CD

(3)

(1)

 

18年配信

 

 

(2)

19年配信

 

 

 

18年45th: 45周年記念ベスト
  

(1)  18年配信は全体的に少し甘い音になっています。
CD
はヴォーカルが鋭利で強く、リズム作ってるブッブブッブいってる音も固く細い感じですね。
18
年配信はオケよりヴォーカルが少しエッジを落として大人しい音にして、変わりにオケのブッブブッブを太く大きくした印象。
CD
のホネホネ感から少し肉付きが良くなった感じです。

(2)  ブッブブッブを少し大きくして響かせた感じがします。ヴォーカルも少しですが丸みが増してるように思います。

(3)  18配信→19配信→45周年ベストという感じで同じ軸を進めていったような。
ただ、ここまで音を丸くしちゃうと歯牙ない凡庸な感じがしますが、まぁベスト収録音源だからいいのか。
 

 

 

瞳はどしゃ降り

 

92年CD

18年配信

19年配信

92年CD

(1)

18年配信

(2)

19年配信

  

(1)     18年配信リマスターはベースの帯域がしっかり入っています。またヴォーカルがだいぶん前に出て聴きやすいです。

(2)     19年配信は更に低域がしっかり入っている感じです。ただ、聴き方によってはやや低域がダマになってる感じもあるのですが、
18
年はすっきりしており、ベースなんかが粒だって聴こえる気がして、私はこの18年のほうが好きですね。

 

 

 

冬の終り 

 

92年CD

07年AW

18年配信

19年配信

50th CD

50th HR

50th DA

50th LP

92年CD

(3)

(1)

 

 

 

 

 

07年AW

 

 

 

 

 

 

 

18年配信

 

 

(2)

(4)

 

 

 

19年配信

 

 

 

(4)

 

 

 

50th CD

 

 

 

 

(5)

(6)

(7)

50th HR

 

 

 

 

 

 

 

50th DA

50thLP

07年AW: 秋冬ベスト、50th: ベスト盤「ユーミン万歳!」のそれぞれCD、HR: ハイレゾ、DA: Dolby Atmos、LP
  

(1)   イントロのピアノの響きが良いですね。微妙な違いですが、包まれ感があります。やはりベースの低域がしっかりしていて躍動感があります。
ただ、この曲はユーミンの真骨頂「せつなさ」のある曲の中でもめちゃめちゃ出色な作品で、
心残りのある想い出の字を見た時の胸のつまる感じや ♪鼻のあたりがツンとする という感じはオリジナルの閉塞感があってるんですよね。
「単純に音良くすりゃイイってもんじゃないよ〜」とつい偏屈なファンになってしまいます。それぐらい強い曲ですね、この曲は。

(2)   18配信に比べるとやや低域を引かせてヴォーカルが良く聴こえるようになっていると思います。
引かせた低域よりも低い低域がベースに伴ってややディレイぎみに聴こえるのですが、これがちょっと気になるかなぁ。。。
18
配信にもあるのですが、スッキリさせちゃったぶん、目立ち目に聴こえて気になってしまうんですね。

(3)   秋冬コンピに収録されていますが、さすがに他の曲とのバランスがあるのでオリジナルより音が太く大きく収録されています。
音的にはリッチな感じはしますが、オリジナルのどこか乾いた感じが無くなっていて、かといってヴォーカルの埋もれた感じは残っていて、
というとりあえず音が太くなりましたという感じですかね。
ただ秋冬コンピの中でこの曲は「雪月花」後に入っているのですが、「雪月花」が高圧期の曲なので、こういう音質がバランス良い気がします。
オリジナルと比較すると「雪月花」は出来る限りに減圧して、「冬の終り」は加圧して、コンピやベストのマスタリングは大変だなぁと思います。

(4)   19配信から低域を引かさなかった感じでしょうか。低域のドラムの圧が強く、ベースの遅れ超低域もあってこれとヴォーカルでほぼ空間が埋まった感じ。
パッと聴いたときの「良い音」感、リッチ感は確かにあるのですが、私のリスニング環境ではちょっと1曲聴いていると過剰だなと思えてきます。
もうわかったかわかったというか(笑) まぁ、でも良くも悪くも万歳!の個性が良く出てる音だと思います。

(5)   CDと比べるとほんの少しヴォーカルに拡がりがある気がします。ちょっとですが潤った感じ。

(6)   これはCDとDAで全く音が違う1曲ですね。ヴォーカルが単独で浮いていてよく聴こえます。
ただ面的にでも拡がりのあったベースやドラムの低域が奥のほうに固まってしまっていて、なかなか不快ですね^^;
横にはカスカスになってしまったピアノがいて、なんだかバラバラになった感ありますね。

(7)    CDから低域の圧がだいぶ抜けた感じで、低音が柔らかく、ヴォーカルなども聴きやすくなっていると思います。ただ配信版のようなスッキリ感はないかなぁ。

 

 

 

【余談】

 

 

このアルバム以前もヴァーチャルオーディオや空間オーディオっぽい音作りが行われていたように思いますが、

それはどちらかというとエンジニアのセンスや経験によってある意味アーティスティックに作られていたように思います。

 

別のアプローチとして人間がどうやって音を聴いているかを物理的に分析して、例えそこに音が無くても、

その音を定位ごと再現し、現実にそこに音があるようかのように認識させてしてしまう方法があります。

このアルバムのヴァーチャルオーディオプロセッシングシステムはこの方法の一つだと言えるのではないでしょうか。

昨今「virtual」を仮想と訳すのは誤訳だと言われていますが、現実を再現したこれぞ本当に「virtual」という感じ。

 

「サウンド&レコーディングマガジン」93年1月号(リットーミュージック)には発明者でこの作品の制作も担当したクリストファー・カレルさんが

このシステムとこの作品への適用方法を説明していますが、なかなかに時期尚早という感じがします(笑)

この記事は「サンレコアーカイブス」(該当ページへのリンク)で読むことが出来ますが、

この記事のライターや翻訳者があまり彼の言っていることを理解できていないようにも思えますので、少し私なりの理解と推測を加え、

この作品への適用方法と時期尚早感を書いてみようと思います(私自身が誤認してる可能性もあります、悪しからずで)。

 

 

まず人間がどうやって音源の位置を認識しているかですが、

そもそも人間は2つの鼓膜の振動を根拠に音を認識していますから、音源がどこにいくつあろうが結局は2ch(ステレオ)で音を聴いています。

2chで聴いているにもかかわらず、左右だけでなく前後上下の音の定位を聴きとっています。

つまりこれは録音を再生して左右前後上下に音を定位させるのは、ステレオ音源で十分できるはずだということを示唆しています。

(実際は視覚も使ったり首の動きで耳の向き変えながら認識するので、十分というのは言い過ぎかもしれませんが)。

 

脳による音の定位の認識は、両耳に届く音の位相差によって行われているようです。

 図形

中程度の精度で自動的に生成された説明 位相と言うのは、厳密な定義を飛ばすと、音波の山谷のことだと考えてください。

両耳に届く位相差があるということは、例えば同じ音が、左耳には谷で届いているのに、右耳には山で届いているということです。

この谷と山の差が位相差です。図を見やすくするために上図のように山谷に青赤という色付けをします。

下図は赤い丸が音源を示していますが、音源は赤ですが、耳に届いている音は必ずしも赤とは限りません。

グラフ

中程度の精度で自動的に生成された説明

音は左耳には青で届いていますが、右耳には赤で届いています。

この赤と青の差が両耳の位相差です。

グラフ

中程度の精度で自動的に生成された説明

周波数により赤青の間隔が異なりますから、両耳に届く赤青も変わります。

上図では 左耳:赤、右耳:青 です。

つまり、1つの音源の場所に対して、周波数ごとに異なる赤青差(位相差)があることになります。

 

音源の位置が変わると、耳に届く赤青の状態も変わり、更に各周波数ごとの赤青パターンも変わります。

上図は簡素化のために赤と青の2色しかありませんが、実際はグラデーションになっていますから、

音源の位置と、この周波数ごとの赤青のパターンセットがほぼユニークに(1vs1で)決まってくるので、脳はそれを頼りに位置特定するんでしょうね。

ダイアグラム

中程度の精度で自動的に生成された説明

また、部屋の壁によって音が反射しそれも耳に届きますが、音源と壁の位置によって到着する時の赤青が異なります。

鼓膜では、音源からの直接音と少し遅れて届く複数の反射波が重なります。これは左右だけでなく、前後、上下からもたくさん届くわけです。

届いた音は足し合わされ、その合成波が鼓膜を揺らします。青や赤は山谷なので、足し合わせると大きくなったり、小さくなったりします。

例えば、青と青が重なると大きな山になりますが、赤と赤が重なると大きな谷に、青と赤が重なると打ち消し合います。

大きな山や谷は大きな音として知覚されますが、打消しが起こるとそれは小さな音として知覚されます。

つまり音源と壁の位置、それから音源に含まれる周波数により、耳に届く音量が異なり、更にこれに両耳差があるので、

壁や床や天井があれば音源の位置を左右前後上下とほぼほぼ特定できてしまうわけです。

 

例えば、音源が前方右上にあるとき、この音が鼓膜に届くときの周波数ごとの音量と両耳差を再現してヘッドフォンから直接耳に送れば、

ヘッドフォンから音が聞こえているにもかかわらず、人の脳は前方右上から音が来ていると勘違いするわけです。

恐らくヴァーチャルオーディオも、Dolby Atmosもこの仕組みを使っているのではないでしょうか?

 

この耳に届く赤青パターンを割り出すにはとてもたくさんの計算量が必要になります。

「サンレコ」のクリス氏のインタビューによると、

当時はいちミュージシャンがとても買えないような高額ののコンピュータを使っても、1音源に対し同時に4つの処理しかできなかったそう。

  

4つの処理は �@音源位置の変化による影響の計算、�A前方壁の影響の計算、�B左方壁の影響の計算、�C床の影響の計算 という具合。

部屋は6面あるのでこれでは足りず、上記処理を一旦ステレオアウトした後、空いた4つの処理を使用して、残りの壁の影響を計算するという具合。

私の理解が正しければ1音源に対し、7回の処理が必要になります。7回と言っても、これを全周波数分やるので48kHzで録ってるなら

7 x 48k回の畳み込み計算が必要なんじゃないでしょうか。

  

1音源だけでも大変なのに、この作品は曲によっては100音源近くあったそうで(3348を2台シンクしていたそう)、

もちろん理屈上は上図左のように100音源すべてを「ハイハットはここ、ギターはここ、」って配置できるんでしょうけど、さすがに無理ってことで、

上図右のように、まず4音源にミックスダウンし(詳しくは書いてませんが、コンソールでマニュアルでミックスダウンしたのではないでしょうか)、

この4音源に対して、ヴァーチャルオーディオプロセッシングシステムの処理(上記の7回の処理)を施したようです。

ですから私の理解が正しければ、ヴァーチャルオーディオと言っても4chステレオの再現が当時の処理能力としては精一杯だったという感じかなと。

一部の楽器は4か所固定ではなくグルグル回ったりもしていますが(「Misty China Town」の間奏など)、

これは音源が動くたびに7つの処理をやり直すわけですから、コンピュータ的には相当大変な処理になると思います。

最近の空間オーディオメソッドは、PCの処理が圧倒的に速くなったこともありかなり自由に多くの音を動かせるようですね。

ただ、ユーミンチームは当時も今も音がびゅんびゅん飛び交う様なものは音楽的な世界観を壊してしまうので行わず、

どちらかというとより自然な空間の再現のための手段として、こういった技術を使いたいという感じではないかと思います。

私は飛び交う音楽も聴いてみたい!

 

ちなみにこの作品制作当時、このいっぱいいっぱいの処理を行うシステムは、クリス氏が持つ試作機1台しかなかったそうで、オペも彼しか出来ない。

莫大な売上がかかっており、超ビジーなスケジュールで制作していた本作によく導入を決めたなぁと、もう無茶苦茶やなぁ^^;と思います。

ツアーもまともに動くかわからないような装置を導入してますし、当時のユーミンプロジェクトの荒々しい勢いが垣間見れますね。

クリス氏もミュージシャンとしてスタジオ作業やってるうちに、空間オーディオに興味持って、空間音響と信号処理をちゃんと理論から学んだ上で、

エンジニア的にシステム開発して、今度はそれを販売する会社の経営者になって、という全部やっちゃうスーパーベンチャーマンのような。。。

まぁユーミンプロジェクトは破天荒な人たちの集まりですね(笑)

 

だいぶん私の解釈が入っていますので、原文確認されたい方は是非サンレコアーカイブスに加入して記事を読んでください。

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